« B式 | メイン | 戦後1949年の酒税法で「甲類・乙類」の分類呼称が »

すけべえ(助兵衛、助平、スケベ)は

すけべともいい、(男性が)異性に対して異常に好奇心を示すこと、及びそうした人、つまり好色・好色漢・好き者を指す言葉である。好色な女に対しても、しばしば用いられる。
江戸時代から使われていたが、本来はあることに非常に強い興味を示すことを指していた。「兵衛」は、「飲み助」や「呑兵衛」などに付いている「助」や「兵衛」と同じく、動詞や名詞を擬人化する接尾語であり、「助」は元々「好き」であった。しかし、当時は助兵衛が人名としては極めてありふれたものであったため、このように訛ったわけである。例えば、司馬遼太郎の歴史小説『功名が辻』には4?5人の「助兵衛」さんが登場していたことからも、ありふれていた様子が伺える。
わきが 菜園 生涯学習 産業 英会話 信越北陸 美容 内職 美容室 雇用 クレジット わきが 葬儀 アロマ 贈答品 音楽 墓地 教材 水族館 バスト 近畿東海 養毛 SOHO 出会い 税理士 リフォーム 美容整形 リサイクル 審美歯科 ゲーム 学校 公園 事務用品 検定 予約 脂肪吸引 キャンプ場 バスト 起業 ブログ 損害保険 生活雑貨 美容整形 家電 学習 アクセサリー プリスクール 旅行 若返り 特産物 サプリ

戦国武将の花房職秀の通称・助兵衛は「すけのひょうえ」と読まれている。黒田官兵衛(孝高)、竹中半兵衛(重治)、後藤又兵衛(基次)など著名な「兵衛」が付く名を持つ人物が全て「べえ」と呼ばれていることを考えると、花房の例は不自然ではある。何らかの配慮があり、彼の場合は、特別にこうなったと思われる。
静岡県にはかつて、駿東郡原町(現・沼津市に、助兵衛(すけべえ)という大字があった。この村を開拓した鈴木助兵衛という人に因んで付けられた、由緒ある地名であった。しかし、明治後期にやはり品が良くないということで、この辺りが桃の産地であったことに因み、「桃里」と改称された。それが現在の沼津市桃里である。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.benibana86.com/blog/mt-tb.cgi/1912

About

2009年05月29日 06:34に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「 B式」です。

次の投稿は「戦後1949年の酒税法で「甲類・乙類」の分類呼称が」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35