2009年06月14日

戦後1949年の酒税法で「甲類・乙類」の分類呼称が

戦後1949年の酒税法で「甲類・乙類」の分類呼称が定められたが、通常甲乙の称は等級や順位でも使われる表現であるため、ややもすれば「乙類」が「甲類」に劣ると誤解されかねなかった。これを危惧した江夏順吉(当時の霧島酒造社長)が1957年に九州旧式焼酎協議会において「本格焼酎」という呼称を提唱、1971年(昭和46年)12月10日に「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律施行規則」(昭和28年大蔵省令第11号)が一部改正され「本格しようちゆう」と呼称・表記することが可能となった[11][38]。(2008年12月現在、法令の条文上では「本格しようちゆう」のみが使用されており漢字の「本格焼酎」の登場例はないが、以下業界での慣用に倣って本節では後者を用いる。)

しかし、「本格焼酎」の呼称を用いる基準が必ずしも明確でなかったことから議論が生じ、その結果2002年11月1日に前述の省令の一部改正により基準が強化され、以下に掲げるアルコール含有物を蒸留したものでなければ本格焼酎と名乗ることはできなくなった。なお、単に「焼酎乙類」「単式蒸留焼酎」と表示するのであれば材料は制約されない[39]。
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穀類又はいも類、これらのこうじ及び水を原料として発酵させたもの
穀類のこうじ及び水を原料として発酵させたもの
清酒かす及び水を原料として発酵させたもの、清酒かす、米、米こうじ及び水を原料として発酵させたもの又は清酒かす
砂糖(政令に掲げるものに限る)、米こうじ及び水を原料として発酵させたもの(黒糖焼酎)。
穀類又はいも類、これらのこうじ、水及び国税庁長官の指定する物品を原料として発酵させたもの(その原料中国税庁長官の指定する物品の重量の合計が穀類及びいも類及びこれらのこうじの重量を超えないものに限る)

本格焼酎ブーム [編集]
日本では、2003年頃から焼酎乙類を対象とする「本格焼酎ブーム」が起き、同年には焼酎類全体の出荷量が日本酒の出荷量を約50年ぶりに上回り[40][41]、2004年には売上高もピークを迎えた[41]。ブームに伴って、本格焼酎を専門に扱う焼酎バーも登場している。

ブームの影響によって、材料や製法にこだわった焼酎も盛んに市場へと送り出されていた[40]。鹿児島で本格焼酎は1500円前後の商品が消費の中心であるが[18]、より美味しい焼酎を望むニーズと、作り手のこだわりによって高価格で本格志向である味の焼酎[注釈 3]も登場した。しかし、少なからぬ弊害も生じた。ブームのピーク時には芋焼酎の原料となるサツマイモが市場に不足する深刻な問題が起きたほか[41]、一部銘柄ではプレミアがつき、一本数万円などという値段が付けられるようになり[42]、森伊蔵については偽物が出回る事件にまで発展した[43]。

本格焼酎需要急上昇に伴い、各地で焼酎の生産設備拡充や休止酒造場の再開、新規参入などが図られた。しかし2006年初頭からブームは沈静化しつつあり、例えば帝国データバンク福岡支店は2006年の売上が2年連続で下落したことから焼酎ブームは去ったと分析し、ブームの反動・縮小による焼酎業界への悪影響を懸念しており[41]、日本銀行鹿児島支店が2008年2月に公表した、今回の焼酎ブームについてまとめたリポート[12]では「今回のブームは終焉した」と指摘、「銘柄選別の時代に入った」と結論付けた

2009年05月29日

すけべえ(助兵衛、助平、スケベ)は

すけべともいい、(男性が)異性に対して異常に好奇心を示すこと、及びそうした人、つまり好色・好色漢・好き者を指す言葉である。好色な女に対しても、しばしば用いられる。
江戸時代から使われていたが、本来はあることに非常に強い興味を示すことを指していた。「兵衛」は、「飲み助」や「呑兵衛」などに付いている「助」や「兵衛」と同じく、動詞や名詞を擬人化する接尾語であり、「助」は元々「好き」であった。しかし、当時は助兵衛が人名としては極めてありふれたものであったため、このように訛ったわけである。例えば、司馬遼太郎の歴史小説『功名が辻』には4?5人の「助兵衛」さんが登場していたことからも、ありふれていた様子が伺える。
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戦国武将の花房職秀の通称・助兵衛は「すけのひょうえ」と読まれている。黒田官兵衛(孝高)、竹中半兵衛(重治)、後藤又兵衛(基次)など著名な「兵衛」が付く名を持つ人物が全て「べえ」と呼ばれていることを考えると、花房の例は不自然ではある。何らかの配慮があり、彼の場合は、特別にこうなったと思われる。
静岡県にはかつて、駿東郡原町(現・沼津市に、助兵衛(すけべえ)という大字があった。この村を開拓した鈴木助兵衛という人に因んで付けられた、由緒ある地名であった。しかし、明治後期にやはり品が良くないということで、この辺りが桃の産地であったことに因み、「桃里」と改称された。それが現在の沼津市桃里である。

2009年04月25日

B式

この類型に属するのは、ドイツのアフリカにおける植民地のうち、ドイツ領南西アフリカを除く3地域、すなわち、ドイツ領トーゴランド、ドイツ領カメルーン、ドイツ領東アフリカである。

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西アフリカのトーゴランドは、東西に分割され、西トーゴランドはイギリスが、東トーゴランドはフランスが受任国となった。中部アフリカのカメルーンも東西に分割され、西カメルーンはイギリスが、東カメルーンはフランスが受任国となった。

ドイツ領東アフリカは、イギリスが受任国となる「タンガニーカ」と、ベルギーが受任国となる「ルアンダ=ウルンディ」とに分けられた。

B式の6地域は、第二次世界大戦後、受任国が変わることなくそのまま信託統治領に移行した。

C式
この類型に属するのは、ドイツの植民地であったドイツ領南西アフリカ及び太平洋の島々(ドイツ領ニューギニア及びドイツ領西サモア)である。

ドイツ領南西アフリカは、イギリス帝国の南アフリカ連邦が受任国となった。「南アフリカ委任統治領南西アフリカ」は、1946年に国際連盟が解散されると、受任国である南アフリカによって委任統治は終了したとして、植民地化され、事実上併合された。ただし、公式に南西アフリカの委任統治が終了したのは、1960年の国連総会決議においてであった。

ドイツ領ニューギニアは、赤道以北を日本が、赤道以南のうちナウル島を除く地域をオーストラリアが受任国とされた。ナウル島は、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスが共同受任国となった。日本の委任統治領となったカロリン諸島、マーシャル諸島、マリアナ諸島(グアム島を除く)は、「日本委任統治領南洋群島」となり、行政庁として南洋庁が設置された。第二次世界大戦で戦場となった後、「米国信託統治領太平洋諸島」となった。
他の2地域は、受任国が変わることなく、信託統治領へ移行した。

ドイツ領西サモアは、ニュージーランドが受任国となった。この地域も、そのまま信託統治領へ移行した。

2009年04月08日

ハッピーハードコア

ハッピーハードコア(happy hardcore)はテクノの音楽のジャンルの一つ。オランダのロッテルダムを発祥の地とする。[要出典]

これよりトランス系に寄ったものをUKハードコア(UK HARDCORE)と呼び、現在の主流となっている。 またここから影響を受けたジャンルにトランスコア(Trancecore)、更に派生したフリーフォーム(Freeform)がある。

テンポが非常に速く(一般に165bpm以上)、うるさい程の強烈なサウンドが特徴で、元となるメロディが、超ハイペースなドラムと共に自在に波形をうねらせて大音量で演奏される。ロッテルダムテクノが起原ではある(下記参照)が、それとは対極的で明るく、ポップなメロディをのせ、大衆化させたものである。ハーコー、ハピハコ、ハピコアなどと略す場合がある。またなぜ日本でハードコアがハーコーとも呼ばれるのかは、日本語と英語の言語としての構造の違いによる。英語での表記ではHARD COREとなりネイティブの発音では、それぞれの二つの単語の末尾のDの子音とRの子音があるが、その発音が日本語には無く、日本人には聞き取りにくい為にハーコー(HACO)と聞こえてしまう。

音楽構成は主に四つ打ち、及びブレイクの配置が一般的だが、ドラムンベースのリズムを多用する傾向も認められるため、一貫性は薄い。また、トランスなどで見られるシンセサイザーによるメロディラインの多用も大きな特徴の一つである。

来歴 [編集]
ハッピーハードコアをテクノの範疇とするか、ハウスの範疇とするかは議論を残す部分であり、起源はジャングルや4ビート、ロッテルダムテクノである。ハウスの範疇とする説については、本来ターンテーブルで33回転にて再生すべきハウスのレコードを45回転で再生させたことが起源である、という事象に基づく。実際にそのような動きがあったかどうかは定かではない。

レイヴを特徴づけた同じ要素を持ってはいるが、1980年代末から1990年代初期にイギリスのレイヴシーンからじわじわ出てきたハッピーハードコアは、とんでもなく速いビートと、同じくらい速いシンセサイザー、ピアノの流れ、変調したボーカルサンプルや、ポジティブなバイブを持っており、多くの聴衆たちはこれを「ヤク漬けのガキ音楽」だと批判した。そういう印象にもかかわらず、Slipmatt、Hixxy & Sharkey、Force & Styles、DJ Dougalに代表されるDJ兼プロデューサーたちは無数のコンピレーション盤や12インチシングルの制作を推進し、聴衆や批評家たちからある程度の敬意を集めるようになった。

現在は活動の拠点がロンドンを中心としたイギリスに移っており、専門のレーベルやパーティなどが活動を続けている。そのため最近はUKハードコアもしくは単にハードコアと呼ばれることも多い。日本ではURAKENを擁するQ RECORDS(既に活動終了、URAKEN自身は活動を継続)、及びDJ EVILを中心とした動きが1990年代後半に東京と大阪で同時多発的に発生、現在も活動が続いている。現在UKハードコアは、これまでの要素にトランスの要素を取り入れたスタイルへと進化しており、ある意味ではより商業的に進化しているとも言える。東京都内では日本でもいち早くUKハードコアを取り入れたDJ CHAMP主催による都内大型店舗でのHAPPY DYNAMITE(終了)や渋谷でのHAPPY JACK等のパーティーでこれらのジャンルが扱われている。またリズム面においては、他ジャンルであるハード・ハウスやハード・ダンスの影響を受けたかの様なはっきりとしたキックドラムに加え、重厚なシンセサイザー音色の裏拍オフビート・ベースを取り入れ、ハイテンポながらもダンス・ミュージックとしての時代適応化と先鋭化に成功している。

またイギリスを含むヨーロッパの音楽制作の現場では、その時代のシンセサイザーやサンプラーの最新技術や最新機能を取り入れる場合が多く、ハードコア・シーンにおいても多くの制作者達が、過去より常に新しい音楽の制作を試みており、トランスやハード・ダンスが発生する前からUKハードコア・サウンドの発生を暗示するサウンドは存在していた。その流れの中から考慮すると、これらのサウンドがトランス等の他ジャンルからの影響があり進化したのか、またハードコア独自の路線の中からシンセサイザーの進化により必然的にそのサウンドが進化して行ったのかは、共に断言できない。 一つUKハードコアがハードコア・テクノ・ジャンルのサウンドとしての位置に付くであろうことの証明は、1990年代初頭にハードコア・テクノが発生して黎明期にあった、現在で呼ばれるオールドスクール (ハードコアテクノ) のサウンドの一部、もしくはサウンドの多くをハッピーハードコアと共にアレンジの方法として有していることにある。

またUKハードコアでは、オールドスクール (ハードコアテクノ)のリズム面であったブレイクビーツから進化をたどったドラムンベースのリズムを楽曲構成内に含んでいる曲も多く存在し、主に楽曲全体にメリハリを付加する様にダンス・トラック内でのブレイクの部分にあたる箇所に使用されている。この事から考慮するとドラムンベースと同様に、踊る人の気分や好みに応じて2つの方法を選ぶ(もしくは柔軟に組み合わせる)ことができるジャンルだとも解釈できる。キックドラム(バスドラム)に集中し一拍(四分音符)を単位としてそのBPM通りに感じることでより上昇感・疾走感を強める方法と、キックドラムに加えてスネアドラムの音にも集中することで、二拍を単位としそのBPMの半分(BPM170であればBPM85)としてとらえることで、ゆったりとした感覚や空間的広がりを強める方法が可能である。

百番 セアニア シベリ チョップ キャッチ キラー マンダラ 宙船日本 マスカット ドリネ チェンバロ グラス ベッド スワット てる坊主 つりばな ナット ソース ギャザー チャチャ フォー ソフト 楽隊 パラチフス トゥル キング チープ ルリマツリ ブルゴー デポプロ トロピカル キト日本 コンアレー 台風対策 アイライナ ヒズボラ ルーフ タイム マシュマロ レギュラ ウラン ヨーヨー ファ ナステ ダンス たるみず グロッサム スイム はまます よどえ

2009年03月24日

名鉄キハ8000系気動車

名鉄キハ8000系気動車(めいてつきは8000けいきどうしゃ)とは名古屋鉄道(名鉄)にかつて在籍した優等列車用気動車の一群を指す総称である。

日本国有鉄道(国鉄、現・JR東海、JR西日本)高山本線への直通列車運転を目的に、日本車輌製造で1965年と1969年の2回に渡り、6両ずつ合計12両が製造された。当初は準急列車に用いられ、その後急行列車、更には特急列車に充当されるという希有な経歴を持つ。

第9回(1966年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞車。

直通運転の背景 [編集]
(名鉄特急の高山本線直通列車の変遷の項目も参照)

名古屋鉄道は旧名岐鉄道時代の1932年10月から週末に、自社犬山線と国鉄(当時の運営母体は鉄道省)高山本線経由で名古屋市内の柳橋(名古屋駅近くの名鉄ターミナル駅。1941年廃止)から下呂への直通列車を運行していた。当時はトイレ取付・畳敷化などの改装を施した名鉄電車(モ750形)を高山本線内で国鉄蒸気機関車に牽引させることで、直通運転を実現していた。両線が近接している鵜沼駅に渡り線を設けて直通させている。

この背景には、名古屋?鵜沼間では岐阜駅経由の東海道本線・高山本線ルートより名鉄犬山線を経由する方が短距離という事情と名鉄のターミナルであった柳橋駅は当時の名古屋市の中心街に位置していたこともあって、旅客誘致策の一環として名鉄が鉄道省に申し入れた。鉄道省側は当初、一私鉄の車両を省線で運行するには保安上問題があるとして拒んでいたが、昭和天皇が犬山行幸の折に名鉄を利用していたこと、また、鉄道省も当時は観光客の誘致に力を入れていたこともあり、名鉄車両の省線乗入れを受けいれたものである。

名鉄ではこの乗入れ列車のために、当時の最新鋭車であるモ750形2両の半室を畳敷に改造した「お座敷電車」を用意し、「下呂行き特急」として大々的に宣伝した。下呂温泉への往路は土曜日の昼過ぎに柳橋を出発し、復路は日曜日の夕方に柳橋へ到着するダイヤが設定され、乗客から週末の1泊旅行には最適と好評を得ていた。

その後1940年10月の戦時ダイヤ改正からは国鉄の木造客車を名鉄線内で電車牽引する逆乗入れの形態となった(運用上は、この方が鉄道省の取扱が楽になる)。直通運転は太平洋戦争中に戦況の激化に伴って休止されたが、時期は不明(1944年改正時の時刻表には乗入れ列車の記述あり)となっている。

戦後、1960年代の国内観光ブームを背景にこの直通運転再開が目論まれた。名鉄側は以前から運転再開を希望していたが、実現の契機となったのは従来名鉄築港線によって担われてきた東名古屋港からの貨車輸送が1965年に開業した第三セクター鉄道の名古屋臨海鉄道に立替えられた事情があった。名古屋臨海鉄道には国鉄も資本参加しており、高山本線直通運転再開は築港線貨物輸送の補償という意味合いがあったようである。

すでに高山本線では1958年以降、気動車による準急列車が運行されて好成績を収めており、名鉄直通列車についても気動車が用いられることになった。この列車もまた準急列車としての設定が計画された。

名古屋鉄道(と同社に合併されたいくつかの鉄道会社)は戦前こそ支線用のガソリンカーを保有していたがそれらは戦中戦後に全て電車の付随車に改造され、戦後長らく気動車の保有はなかった。だが、狭小な建築限界の名鉄線には幅広な国鉄形気動車が直通できないこと、また国鉄車両よりも水準の高いサービスが目論まれたこともあり、新たに専用の気動車を開発することになった。


仕様・構造 [編集]

走行機器 [編集]
開発コストを抑制し、また国鉄線内では国鉄乗務員が運転するという事情から、走行性能については1961年から量産されていた国鉄の急行形気動車キハ58系に準じたものとなった。最高速度は 95 km/h である。

エンジンはキハ58形と同一仕様の DMH17H 形 (180 PS / 1,500 rpm) を搭載、台車も同様の国鉄標準型である金属バネ台車 DT22C 形・TR51B 形が用いられた。変速機や逆転機の減速比もキハ58系に等しい。ブレーキも国鉄形同様の自動空気ブレーキ DAE-1 形だが、高山本線での連続勾配を考慮し、キハ58系に中途から採用されていた機関ブレーキ機構(エンジンブレーキの制御回路)を当初から併設している。

名鉄線内の建築限界に対応するため車体寸法が縮小され、床下の艤装空間が不足することから、放熱器は車端部の床上に置かれた。室内配置では自然通風による放熱が困難であるため、屋根上のファンで車体側面から吸気し、屋根上に排熱する強制通風式である。これは国鉄キハ81形・キハ82形気動車の発電セット用冷却系と同様であるが、小断面車体で屋根高さも低い本系列では、通路の天井高さを確保するため、小径ファンを左右に振り分けて装備する。車体端部には冷却風の吸気口を配する。

保安装置は ATS を装備し、M式ATS(名鉄式自動列車停止装置)と国鉄仕様の ATS-S 形の二重装備としている。


車体 [編集]
国鉄気動車を基準とした走行機器とは異なり、車体・内装は独特の意匠をもつ。

名古屋鉄道は1959年に普通列車に用いられる車両としては日本初の「大衆冷房電車」5500系電車を送り出し、1961年には前面展望構造を備えた冷房付車7000系電車「パノラマカー」を開発していた。この先例との兼ね合いもあり、名鉄は直通準急用気動車についても冷房の搭載を決定した。冷房装置はいわゆるポンプレス型で、室内は平ら天井となった。側窓についてはパノラマカー同様のヒドゥンピラーを用いた広い固定式連続窓(天地寸法 75 cm)として眺望を確保し、二等座席もパノラマカーと同様の転換クロスシートとした。座席のモケットは登場時灰緑色で特急昇格時に赤色へ、1980年代には7000系白帯車と同じ2色へと変化している。また私鉄としては異例な一等車も製作され、こちらは国鉄優等車両の一等車と同等のリクライニングシートを採用した。長距離運用のためデッキ付とし、トイレも設置されている。客室化粧版は7000系と異なり薄茶色の木目柄が採用され、少し上級なイメージであった。

運転台は正面貫通式の高運転台構造で、窓上両側にシールドビーム2灯を配置していることもキハ58系と共通である。運転台前面窓は隅部に斜めの平面ガラスを配置することで簡易なパノラミックウィンドウを採用し、前面は国鉄キハ82形の意匠に類似する。正面貫通路上は列車種別表示幕を廃した代わりにスピーカーが仕込まれ、名鉄特急(パノラマカー)の象徴であるミュージックホーンの吹鳴装置も装備していた。通常の空気笛は冬季降雪時の伝播性(聞こえ易さ)を考慮して、国鉄車両と同型のタイフォンを装備した。

国鉄気動車並みの 20 m 級車体ではあるが、カーブなどで限界に抵触しないよう車幅をキハ8200形で 2,710 mm に、他の形式では 2,730 mm に抑えた。これは国鉄キハ58系の全幅 2,944 mm より 200 mm 以上狭い仕様である。名鉄でも特に車両限界の厳しい犬山線の併用軌道区間「犬山橋」付近では、限界の拡大工事も容易でないためのやむを得ない措置であった。

枇杷島付近の急カーブに対応するため、連結面の隙間は国鉄車両の 500 mm より拡大され、730 mm としている。客用扉は戸袋の不要な2枚折戸を用い、車体内側の空間確保に配慮した。乗降口は乗降頻度の少なさと床上配置の放熱器を設置する空間を確保するため、運転台とは反対側の1ヶ所のみである。

当時非冷房が主体であった国鉄の準急用車両に比べ、「特急車両」に準じて設計された本系列の接客設備は列車種別相応の設備から乖離する懸念も指摘されたが、名鉄は自社の方針を堅持した準急用気動車として本系列を完成させた。なお、本系列と同様に観光路線向けの準急用として特急車両並みの設備で登場し、実際に後年は専ら特急用とされた点では国鉄157系電車の前例がある(ただし同系は新製当初非冷房)。

名鉄は元々市内電車を出発点とし、特に旧名岐鉄道の各路線では終戦直後(名古屋本線の直通運転開始)まで小・中型車両が主体であった影響から、今でも枇杷島橋梁付近などに急カーブが残り車両限界(車幅)も国鉄・関東の大手私鉄などより一回り小さい「地方鉄道車両定規」2,744 mm を守り通している。

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2009年03月09日

パウロ(希: Paulos, 英: Paul, ? - 65年?)

パウロ(希: Paulos, 英: Paul, ? - 65年?)は、初期キリスト教の理論家であり、新約聖書の著者の一人。ユダヤ名でサウロとも呼ばれる。古代ローマの属州キリキアの州都タルソス(今のトルコ中南部メルスィン県のタルスス)生まれのユダヤ人。

「サウロ」はヘブライ名で、これをギリシア語に直すと「パウロス」となる。「サウロ」という名前は、『使徒行伝』にもよく出てきており、彼自身「パウロス」と自称することからすると、ディアスポラのユダヤ人のならいでギリシア名とヘブライ名の両方をもっていたのかもしれない。彼は「使徒として召された」(ローマ1:1)と述べており、すべてのキリスト教会は彼を使徒と認め、正教会やカトリック教会はパウロを使徒と呼び崇敬するが、イエス死後に信仰の道に入ってきたためイエスの直弟子ではなく、「最後の晩餐」に連なった十二使徒の中には数えられない。聖人であり、その記念日はペトロと共に6月29日(ユリウス暦を使用する正教会では7月12日に相当)。

日本正教会では教会スラヴ語を反映してパウェルと呼ばれる。正教会ではパウロを首座使徒との呼称を以て崇敬する。

新約聖書の『使徒行伝』によれば、パウロの職業はテント職人で[1]生まれつきのローマ市民権保持者でもあった[2]。ベニヤミン族のユダヤ人でもともとファリサイ派に属し、エルサレムにて高名なラビであるガマリエル1世(ファリサイ派の著名な学者ヒレルの孫)のもとで学んだ[3]。パウロはそこでキリスト教徒たちと出会う。熱心なユダヤ教徒の立場から、初めはキリスト教徒を迫害する側についていた。

ダマスコへの途上において、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と、復活したイエス・キリストに呼びかけられ、その後、目が見えなくなった。アナニアというキリスト教徒が神のお告げによってサウロのために祈るとサウロの目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになった(「目から鱗が落ちた」という言葉の語源)。こうしてパウロ(サウロ)はキリスト教徒となった[4]。この経験は「パウロの回心」といわれ、紀元34年頃のこととされる。一般的な絵画表現では、イエスの幻を見て馬から落ちるパウロの姿が描かれることが多い。
カツサン オーダー メルトン キートーン 市田柿 オーララ ミルク 総合山風 スズラン レングス もくず フリル ジスト カッター チュニジ 紅の空 ピンプリ 凪笛 蜃気楼 除の鐘 パトロール オーバー リンター ダイア ヒプノ フィート ズーム ミニコミ 総合大河 マシン トッシュ テトラード フラワー シーエス ラカイト フシグロ トラッ オパール ネービー リスク ザーボード ボエポン ダイジ マター スケール セクト アスン アサイン チューン アース

その後、使徒たちに受け入れられるまでに、ユダヤ人たちから何度も命を狙われたが、やがてアンティオキアを拠点として小アジア、マケドニアなどローマ帝国領内へ赴き、会堂(シナゴーグ)を拠点にしながらバルナバやテモテ、マルコといった弟子や協力者と共に布教活動を行った。特に異邦人に伝道したことが重要である。『使徒行伝』によれば3回の伝道旅行を行ったのち、エルサレムで捕縛され、裁判のためローマに送られた。伝承によれば皇帝ネロのとき60年代後半にローマで殉教したとされる。またローマからスペインにまで伝道旅行をしたとの伝承もあるが、これも史実でないとするのが一般的である。

パウロの著作
パウロの著作には新約聖書中『ローマの信徒への手紙』『コリントの信徒への手紙一』『コリントの信徒への手紙二』『ガラテヤの信徒への手紙』『フィリピの信徒への手紙』『テサロニケの信徒への手紙一』『フィレモンへの手紙』がある。『テサロニケの信徒への手紙二』『コロサイの信徒への手紙』がパウロの真正書簡であるかは議論があり、『エフェソの信徒への手紙』およびいわゆる牧会書簡(『テモテへの手紙一』、『テモテへの手紙二』、『テトスへの手紙』)はパウロを擬してパウロの死後書かれたとする見方が今日の自由主義神学では一般的である。なお伝統的にパウロ書簡とされる『ヘブライ人への手紙』は近代までパウロの手によるとされていたが、そもそも匿名の手紙であり、今日では後代の筆者によるものとする見方が支持されている。

近代の自由主義神学の批判的聖書学高等批評によれば(異論もあるが)、パウロ書簡は新約聖書中、著者が明らかである唯一のものであり、また全文書の中で(一般的には『テサロニケの信徒への手紙一』)最古の文書である。

他にもパウロの名を借りた『パウロの黙示録』『パウロ行伝』といった外典も存在し、パウロという人物の影響力の大きさを物語っている。

2009年02月20日

領土内惑星の治安任務も帯びているため

帝国軍の艦艇は、領土内惑星の治安任務も帯びているため、そのほとんど全艦が大気圏内に降下、着陸または着水することが可能である。外見的には同盟軍の同クラス艦と比べて主砲門数が少ないこと、推進機関が分散配置されていることが特徴。また、高級指揮官の戦艦はそれぞれ固有のデザインとなっていることが多い。士官用区画の内装は貴族の邸宅を思わせるもので、艦橋の周囲には(しばしば提督の死因となる)円柱が立ち並び、中央部の床が少し高くなったところに豪勢な指揮官席がある。

同盟軍の艦艇と違い、艦の側面には識別番号が無いかわりに帝国国章が必ず描かれる。一部の大貴族が乗り込む戦艦には、直衛に当たる"盾艦"(たてかん)が随伴していた(リップシュタット戦役後、非人道的であるとの理由で全て廃艦処分となる)。
スチック プロパ セッター スロープ サブセ ソンソ キラウエ くるくる デイユース ニクロム ルーガル ドードー トリコロ マリン ハイチ キュー ナビユー ワンダラー カバレ ファイト さやえん カスミソウ グラフ ラードツ リング シンプル パイロー サイン ワーク ワイヤ スペルラ ファイラー スペアイト ナビドウ クトリン スープ ドット スイート 弥生姫 クレド タフネス ダーク フレーバ アッラー フロー リキッド クチュリ フォア ザンス ファイブ

ローエングラム艦隊 / ローエングラム王朝軍
ブリュンヒルト (Brünhild)
ラインハルト・フォン・ローエングラム(旧姓:ミューゼル)の座乗艦。ラインハルトが大将に昇進した際に下賜され、後に帝国軍総旗艦となる。
流線型で優美な外観の多い帝国軍戦艦の中にあって、特に繊細なフォルムを持つ。白鳥にも喩えられたその白く美しい姿故か、ラインハルトはこの艦を終生溺愛していた。
新理論による装甲システム(後述)を備えた新型戦艦の試作艦。全長1,007mと従来の旗艦タイプよりも若干小さいが、試作艦ならではのコストを無視した装備がなされ、その外観に似合わず強力な火力と装甲を持つ。惑星レグニッツァ上空遭遇戦では同盟旗艦パトロクロスと至近距離で撃ち合うも損傷はなく、最後の戦いとなったシヴァ星域会戦でイゼルローン軍の強襲揚陸艦イストリアの強行接舷を受けるまで一度も傷付く事がなかった。
常に戦陣に立った「常勝の天才」ラインハルトと共に、数多くの戦いに参加。ラインハルトとヤン・ウェンリーの唯一の会談が行なわれたのも、ワルター・フォン・シェーンコップが戦死したのもこの艦内である。皇帝ラインハルトの国葬に際して、仮皇宮上空に降下し、主を弔った事が記録されている。
歴代艦長はカール・ロベルト・シュタインメッツ大佐→ロイシュナー大佐→ニーメラー中佐→ジークベルト・ザイドリッツ准将。
なお、以下はらいとすたっふ監修「全艦出撃!!3・凱旋勝利」に掲載された「宇宙戦艦ブリュンヒルトに関する考察(吉岡平)」の記述より。
流体理論とエリア・ルールを採用した流線型の艦型で敵のビーム兵器を反射・拡散するシュピーゲル・コーティングを施した新素材の表面処理装甲を持つ。
32目標を同時補足し、そのうち16目標を攻撃する事が可能。
演算対応速度は従来型の戦艦より約70パーセント高速。
ワルキューレの搭載能力は軽空母なみ。その為自艦だけで全方位傘型防空態勢を形成出来る。
配備価格は標準型戦艦の7倍。
アースグリム (Ahsgrimm)
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの座乗艦であり艦隊旗艦。アニメでは上下二又に分かれた艦首の間に、要塞砲クラスの出力を持つ大口径砲を持ち、回廊の戦いではその発射シーンが描かれている。コンピューターゲームでは高速戦艦とされる。回廊の戦いの前哨戦で脱出する艦隊の殿を務め、ヤン艦隊に撃沈された。ファーレンハイトはその直前、被弾した艦橋で従卒に遺言を遺して戦死した。
艦名はアイスランド・サガ『ニャールのサガ』の登場人物アースグリームから。
ウールヴルーン (Ulfrun)
ブルーノ・フォン・クナップシュタインの座乗艦であり艦隊旗艦。エイストラの姉妹艦。第2次ランテマリオ星域会戦でミッターマイヤー艦隊の猛攻を受けて撃沈され、クナップシュタインも戦死した。
艦名は北欧古代歌謡『エッダ』から。
ヴィーザル (Vissarr)
エルンスト・フォン・アイゼナッハの座乗艦であり艦隊旗艦。ナイフの柄の端にエンジンをつけたような、縦に扁平な艦型をしている。そのデザインは同盟軍戦艦の設計を参考にしているとされ、他の帝国軍戦艦とは(そして同盟艦とも)やや趣が異なる。
エイストラ (Eistla)
アルフレット・グリルパルツァーの座乗艦であり艦隊旗艦。ウールヴルーン級2番艦。
艦名は北欧古代歌謡『エッダ』から。
オッフェンブルフ (Offenburg)
バーミリオン星域会戦において、リューベック・ノイシュタット撃沈後に一時的にナイトハルト・ミュラーの座乗艦となる。しかし同艦もまた撃沈され、ミュラーは戦艦ヘルテンに司令部ごと移乗した。
艦名はドイツの都市名から。
ガルガ・ファルムル(Garga Falmul)
ヘルムート・レンネンカンプの座乗艦であり艦隊旗艦。ヨーツンハイム級2番艦。全長1,210mで、帝国軍最大級の戦艦。レンネンカンプの死後は使う者もおらず、ハイネセンに係留されたままになっている。
キュクレイン (Cuchulainn)
ドロイゼン艦隊旗艦。下記のクヴァシルの設計を参考にしているとされる試作戦艦。バレンダウンと新しい標準型戦艦の座を競い、敗れた。
クヴァシル (Kvasir)
エルネスト・メックリンガーの座乗艦であり艦隊旗艦。戦艦と言うよりは巡航艦を大きくしたような外観を持ち、超巡航艦という独自の艦種名が設定されている。
グングニル
ディードリッヒ・ザウケンの乗艦であり旗艦。
王虎(ケーニヒス・ティーゲル) (Königs Tiger)
フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトの座乗艦であり、彼の率いる黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター) 艦隊旗艦。高速戦艦の主砲や機関部をさらに強化した超高速戦艦。圧倒的な巡航速度と攻撃力を持つが、それ故に小回りが利かず、守勢に回るとやや脆い面を見せるとされる。常に司令官と共に激戦の最中にありながら、一度の被弾もなかった(アニメ版では直撃弾を跳ね返してさえいた)幸運艦でもあり、ブリュンヒルト、ベイオウルフ、トリスタンと並ぶ帝国軍の勝利の象徴である。
火竜(サラマンドル) (Salamandor)
アウグスト・ザムエル・ワーレンの座乗艦であり艦隊旗艦。艦長ドゥンケル大佐。フォルセティ級3番艦。艦底部に地上着陸用の爪を持ち、地球討伐作戦時、この爪で旧ヒマラヤ山脈の尾根に強行着陸した。
ワーレンが地球教の狂信者に襲われ、左腕を失ったのはこの艦内においてである。第2次ランテマリオ星域会戦では、ロイエンタール軍の攻勢を受け損傷。艦橋にも被害が及ぶが、ワーレンは傷付いた義手を引き抜き指揮を続ける剛毅さを見せた。
シュワルツティーゲル (Schwarztiger)
黒く塗られたビッテンフェルト艦長専用の高速戦艦。ヤクトティーゲルの、別の資料に記載された名称。
シンドゥリ (Sindur)
ロルフ・オットー・ブラウヒッチの座乗艦であり艦隊旗艦。標準型戦艦。
艦名は北欧神話に出てくる、雷神トールの鎚ミョルニル(トゥール・ハンマー)を鍛えたとされる鍛冶の名人から。
スキールニル (Skiirnir)
コルネリアス・ルッツの座乗艦であり艦隊旗艦。フォルセティ級2番艦。機動性と攻撃力を重視した設計が特徴。
テオドリクス (Theodoricus)
イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンの座乗艦であり艦隊旗艦。標準型戦艦。
テューリンゲン (Thüringen)
カストロプの乱鎮圧時、キルヒアイスが旗艦とした高速戦艦。
トリスタン (Tristan)
オスカー・フォン・ロイエンタールの座乗艦であり艦隊旗艦。後にロイエンタール軍総旗艦。ベイオ・ウルフの姉妹艦で、彼のシンボルカラーである青のラインが入っている。同型艦ベイオ・ウルフと比較してデザインに曲線が多用されており、流麗なフォルムをしている。
第1次ラグナロック作戦の陽動として行なわれた、第9次イゼルローン要塞攻防戦では、ヤン・ウェンリーの策にはまってやや猪突し、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊を乗せた強襲揚陸艦の強行接舷を許す。この時ロイエンタールは、侵入してきたワルター・フォン・シェーンコップと偶然遭遇し、一騎打ちを演じた。ローエングラム王朝成立後、ラインハルトの「大親征」においては、ロイエンタールは統帥本部総長としてブリュンヒルトにおり、トリスタンには乗艦していない(トリスタンも出撃はしていた模様)。
その後、新領土(ノイエ・ラント)総督となったロイエンタールとともにハイネセンへ。叛乱軍としてミッタマイヤーらと対峙した第2次ランテマリオ星域会戦後、ハイネセンへ向け撤退中に裏切ったグリルパルツァー艦隊の攻撃を受け損傷。艦橋にも被害が及び、ロイエンタールは重傷を負った。ロイエンタールは実質的な治療を拒否し、ハイネセン到着後死亡している。
ニュルンベルグ (Nürnberg)
カール・エドワルド・バイエルラインの座乗艦であり艦隊旗艦。ブリュンヒルト、パーツィバルの流れに連なる艦で、槍の穂先のように鋭角な形状が特徴。機関部は船体になく左右の構造物に2基ずつ、砲塔が隠見式となっており、高度な防御性能を持つとされる。
ノイシュタット (Neustadt)
バーミリオン星域会戦において、リューベック撃沈後に一時的にナイトハルト・ミュラーの座乗艦となる。しかし同艦も損傷を受けて撃沈され、ミュラーは戦艦オッフェンブルフに移乗した。
パーツィバル (Parcivale)
ナイトハルト・ミュラーのローエングラム王朝における座乗艦であり艦隊旗艦。ラインハルト戴冠後、最初に完成した旗艦級戦艦であり、バーミリオン星域会戦での功績によりミュラーに下賜される。艦長はリューベックの艦長だったグスマンが引き続き務めている。ブリュンヒルトの設計思想を色濃く受け継いでおり、艦体は同じく白く塗装されているが、その扁平で幅広なフォルムは航空機、それもデルタ翼機に近く、作中に登場する戦艦としてはかなり異質な外見をしている。また、「鉄壁ミュラー」の乗艦としてふさわしい非常に高い防御力を持ち、直撃弾を一度ならず弾き返している。ミュラー曰く乗り心地は「極上です」。当初は帝国軍総旗艦となる予定だったが、ラインハルトがブリュンヒルトを溺愛していたためミュラーに下賜された。
バルバロッサ (Barbarossa)
ジークフリード・キルヒアイスの座乗艦であり艦隊旗艦。ブリュンヒルトの姉妹艦で、彼の髪の色と同じ真紅に染められた高速戦艦(艦首部の形状が異なる)。彼の死後は、オーディンでブリュンヒルトの隣のドックに係留されていた。意味はイタリア語で「赤髭」。転じて神聖ローマ皇帝・フリードリヒ1世の呼び名。赤髭王。
バレンダウン (Balendown)
ヴァーゲンザイル艦隊旗艦でじつは試作艦。実戦の運用テストを経て、次世代標準型戦艦として採用された。ブリュンヒルトの技術を採用しているとされる。
フォルセティ (Forseti)
ウルリッヒ・ケスラーの座乗艦であり艦隊旗艦。フォルセティ級1番艦。情報処理能力が強化されたタイプ。リップシュタット戦役後、ケスラーの帝都防衛司令官と憲兵総監への就任もあり、その後活躍の場面はない。
設定資料にはアムリッツァ星域会戦での活躍ぶりが記録されているが、アニメではケスラーは直前まで准将であり(クラインゲルトからの退却の指揮時は標準戦艦に乗っている)、その後すぐ昇進したとしてもフォルセティでいきなり活躍したと考えるのは難しい。おそらく設定資料との間で齟齬が生じているものと思われる。
フォンケル (Vonkel)
カール・ロベルト・シュタインメッツの座乗艦であり艦隊旗艦。艦首主砲が16門と攻撃力が高く、主機関部を艦体後部軸線上に配置し、左右に副機関部を張り出した構造になっている。回廊の戦いでヤン艦隊から大本営を守り撃沈された。
人狼(ベイオ・ウルフ) (Beio-wolf)
ウォルフガング・ミッターマイヤーの座乗艦であり艦隊旗艦。ベイオ・ウルフ級1番艦。トリスタンの姉妹艦で、彼のシンボルカラーである赤のラインが入っている。艦尾にある垂直尾翼状のフィンが特徴。推進力が強化されており、ミッターマイヤーの乗艦らしく機動性に優れている。その分、艦首主砲の砲門数は少なめ。
数多くの戦いに参加し、ブリュンヒルトと共に、帝国軍将兵にとっての勝利の代名詞的存在である。アムリッツァ星域会戦では、ヤン・ウェンリー率いる第13艦隊の巧みな急襲を受け左舷を損傷するも軽微。回廊の戦いでは激戦のさなかに一時撃沈が伝えられ、皇帝ラインハルトをはじめ帝国軍将兵を慄然とさせるが、実際は損傷を受けたもののミッターマイヤーは無事であり誤報であった。なお現代のドイツ語では人狼はヴェアヴォルフ(Werewolf)、伝説の主人公であるベーオウルフ(Beowulf)とは無関係。
ヘオロット (Heorot)
バイエルラインの、マル・アデッタ星域会戦までの座乗艦。標準型戦艦。
ヘルテン (Herten)
バーミリオン星域会戦において、オッフェンブルフ損傷後にナイトハルト・ミュラーの座乗艦となる。リューベック→ノイシュタット→オッフェンブルフ→ヘルテン、と3度も艦を乗り換えながら指揮を続けたこの奮戦で、彼は「鉄壁ミュラー」の名で呼ばれる事になる。
艦名はドイツの都市名から。
ヘルモーズ (Hermossr)
カルナップ艦隊旗艦。標準型戦艦。バーミリオン星域会戦で撃沈され、カルナップも戦死。
ヤクトティーゲル (Jagd-Tiger)
別の資料ではシュワルツティーゲル (Schwarztiger) とも記述されている。 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトが佐官時代に艦長を務めていた高速戦艦。後年の乗艦と同様、黒一色に塗装されていた。
ヨーツンハイム (Jotunheim)
カール・グスタフ・ケンプの座乗艦であり艦隊旗艦。全長1,189m。宇宙母艦の半分程度の戦闘艇運用能力を持つ。第8次イゼルローン要塞攻防戦で、ガイエスブルク要塞共々失われた。
リューベック (Lübeck)
ナイトハルト・ミュラーのゴールデンバウム王朝時代における座乗艦であり艦隊旗艦。第8次イゼルローン要塞攻防戦では、ガイエスブルク要塞の爆発にかろうじて巻き込まれなかったが、この時の衝撃でミュラーは重傷を負う。バーミリオン星域会戦でラインハルトの危急を救うが、ヤン艦隊の緻密な攻撃の前に動力部に深刻な損傷を受け、ミュラーらの退艦直後爆沈。総員退艦時、艦長グスマン中佐は艦と命運を共にしようとしたが、ミュラーは許さなかった(その後、グスマンは新旗艦パーツィバルの艦長に就任)。
レンバッハ
イゼルローン回廊帝国側宙域の遭遇戦の時にアイヘンドルフ艦隊に所属していた巡航艦。発射寸前の光子ミサイルをユリアンのスパルタニアンに銃撃されて艦も誘爆。「ユリアン・ミンツが初陣でワルキューレ3機を撃墜し巡航艦を1隻破壊した」という歴史的な功績に貢献した。
艦名はドイツの画家フランツ・フォン・レンバッハから。

2009年02月04日

大伴(おおとも)氏は、古代日本の有力氏

大伴(おおとも)氏は、古代日本の有力氏の一つ。姓(かばね)は、連(むらじ)、八色の姓の時宿禰の姓になる。天孫降臨の時に先導を行った天忍日命(あめのおしひのみこと)の子孫とされ、佐伯氏とは同族関係であるとされている(一般には佐伯氏を大伴氏の分家とするが、その逆とする説もある)。
ファナテ ピータ ロール ネット ズック リゾラバ 君の瞳 バラブル ハンズ グラジ カナル ウェア ポテト イオン トッピグ タイペイ ライボー ナビスカ セリング サーマル リシン ぐんじょ かぼちゃ ワラビ ジェトロ 中葉春菊 てつむぎ スケボー ヨセミ カノ最新 カーゴ たかのす クチン マツバ 紅葉坂 リミット セイウチ 曼珠沙華 ブレード ワンマ イエロー スクリ キラー ヒュー フリージ スチナ さいさく パピル ライク キッズ

大伴は、おそらく「大きな伴造」という意味で、多くの氏族を束ねていたと思われる。そのため、物部氏と共に軍事の管理を司っていた。軍事氏族としての大伴氏と物部氏の違いは、あえて言えば、親衛隊的な大伴氏と、国軍的な物部氏と見ればわかりやすいであろう。主に、現在で言う皇宮警察や近衛兵のような役割をしていた。

全盛期
雄略天皇の時代の5世紀後半の大伴室屋(むろや)の時代より勢力を伸ばし、武烈天皇の代に孫の大伴金村(かなむら)が大連(おおむらじ)になった時が全盛期であった。金村は継体天皇を迎え入れた功績があり、また任那の運営を任されており、武烈、継体、安閑、宣化、欽明の5代にわたって大連を務めたが、欽明天皇の時代に百済へ任那4県を割譲したことの責任を問われ失脚し、摂津国住吉郡(現大阪市住吉区帝塚山)の邸宅に篭る。以後、蘇我氏と物部氏の対立の時代に入る。 (なお、これについては故黒岩重吾は実際には即位していない安閑・宣化と欽明天皇の王位継承争いに巻き込まれて失脚したと主張していた。)

飛鳥時代から奈良時代
しかし、大伴氏の力はまだ失われておらず、飛鳥時代の大化の改新の後、649年に大伴長徳(ながとこ)が右大臣になっている。また、672年の壬申の乱の時は長徳の弟にあたる大伴馬来田(まぐた)・吹負(ふけい)兄弟が兵を率いて功績を立てており、以後、奈良時代までの政界で大納言・中納言・参議等が輩出している。

また、大伴安麻呂、大伴旅人、大伴家持、大伴坂上郎女などといった歌人を多く世に出している。遣唐使に大伴古麻呂などがあり、彼は鑑真を日本に密航させた。

政争への関与と衰退
しかし、奈良時代はとかく政争が多かったが、大伴氏もそれに関わる事が多く、長屋王の変では長屋王と親しかった旅人は事件前後に一時的に大宰府に左遷された程度で済んだが、橘奈良麻呂(橘諸兄の息子)の変では古麻呂は拷問死、大伴古慈悲は流罪(称徳天皇崩御後に復帰。)に処された。この事件には家持は関与していなかったが、後に藤原仲麻呂の暗殺計画に関わっていたとされ、左遷の憂き目を見る。その後、壬申の乱で擁立した天武天皇の皇統が断絶し、その血を全く引かない桓武天皇が即位すると、今度は氷上川継の乱への関与を疑われて、また左遷されてしまう。それでも彼は783年に中納言に昇進したが、翌年長岡京への遷都を桓武天皇は実行する。大伴氏はこの政策に不満を持っており、指揮していた藤原種継を暗殺する事件を起こしてしまう。結果、古麻呂の子で首謀者とされた大伴継人は死刑、直前に死去していた家持は除名、それぞれ継人・家持の子である伴国道・大伴永主は流罪となる。

しかし、それでもまだ全く衰退したわけではなく、平安時代初期の桓武朝においても、大伴弟麻呂は初代征夷大将軍となって坂上田村麻呂と共に蝦夷を討ち、後期の803年には国道が赦されて帰京し、参議に昇進している。彼の晩年の823年には淳和天皇(大伴親王)の名を避けて伴(とも)と氏を改める。

その後、清和天皇朝に国道の子、伴善男(とものよしお)が頭角を現し、864年に久々に大納言を出す。しかし、886年に源信(みなもと の まこと)の失脚を図った応天門の変に絡んでいることが判明し(宮廷から他氏族を排除する目的で行われた藤原氏による陰謀説が有力である。)、伊豆に流罪になる。これは結果的に政争に幾度か関わりながらも、由緒ある貴族として命脈を保ってきた伴氏に打撃を与える事となる。

その後
939年には伴保平が参議となり、久々に公卿が出たが、既に72歳の高齢で、950年に引退して以降は公卿は出なくなる。平安時代前期には、紀氏と並んで武人の故実を伝える家とされたが、武士の台頭とともに伴氏は歴史の表舞台から姿を消していく事となり、その後は伴忠国が鶴岡八幡宮初代神主となって以降、その社職を継承しながら血筋を伝えていく事となる。受領(国司)から地方に土着し、武士団化した氏族も各地に残っている。

系図
道臣命
 ┃
(5代略)
 ┃
大伴武日
 ┃
 武以(健持)
 :
 室屋
  ┃
  談
  ┃
 金村
 ┣━━━━┳━━━┓
阿被布古  狭手彦  磐
 ┃
 咋(噛)
 ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━┓
 長徳                          馬来田  吹負
 ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓   ┃   ┣━━━┓
 安麻呂                     御行  道足 祖父麻呂 牛養
 ┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓       ┃   ┃   ┃
 旅人  田主 宿奈麻呂 稲公 坂上郎女      ◇  伯麻呂 古慈斐
 ┃   ┃   ┣━━━━┳━━━━┓     ┃       ┃
 家持  古麻呂 田村大嬢 坂上大嬢 坂上二嬢  駿河麻呂     弟麻呂
 ┃   ┃
 永主  継人
     ┃ 
     伴国道
      ┃
     善男
 
八色の姓(やくさのかばね)とは、天武天皇が684年(天武13)に新たに制定した真人(まひと) 朝臣(あそみ・あそん) 宿禰(すくね) 忌寸(いみき)道師(みちのし) 臣(おみ) 連(むらじ) 稲置(いなぎ)の八つの姓の制度のこと。

『日本書紀』の天武天皇十三年冬十月の条に、「詔して曰はく、更諸氏の族姓を改めて、八色の姓を作りて、天下の万姓を混(まろか)す。一つに曰く、真人。二つに曰く、朝臣。三つに曰く、宿禰。四つに曰く、忌寸。五つに曰く、道師。六つに曰く、臣。七つに曰く、連。八つに曰く、稲置」とある。

天武天皇の国風諡号(和風諡号、わふうしごう)は、天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)という。「真人」が使われており、八色の姓の筆頭にあげられている。

姓を賜う
682年(天武11)8月、官人の考選に族姓を重んじる。
683年(天武12)9月、倭直(やまとのあたい)など38氏に連の姓を授ける。
684年(天武13)10月、守山公・路公・高橋公・三国公・当麻公・茨城公・丹比公・猪名公・坂田公・息長公・羽田公・酒人公・山道公など13氏に真人の姓を授ける。(公は「きみ」と読む。)
684年(天武13)11月、大三輪君など52氏に朝臣の姓を授ける。
12月、大伴連など50氏に宿禰の姓を授ける。
685年(天武14)6月、大和連など11氏に、忌寸の姓を授ける。

新しい身分秩序
実際に賜ったのは、上の年表にあるように、真人・朝臣・宿禰・忌寸の上位四姓であった。旧来の臣・連・伴造(とものみやつこ)・国造(くにのみやつこ)という身分秩序にたいして、臣・連の中から天皇一族と関係の深いものだけを抽出し、真人・朝臣・宿禰の姓を与え、新しい身分秩序を作り出し、皇族の地位を高めた。上級官人と下級官人の家柄を明確にすると共に、中央貴族と地方豪族とをはっきり区別した。

ただし、すべての姓をこの制度に当てはめるということは行われず、従来あった姓はそのまま残された。そのために古くからあった姓、臣・連・伴造(とものみやつこ)・国造(くにのみやっこ)などもそのまま残っていた。従来から有った、臣、連の姓の上の地位になる姓を作ることで、旧来の氏族との差をつけようとしたという見方もできる。

また、のちの冠位制度上の錦冠の官僚を出すことのできるのは真人、朝臣、宿禰、忌寸の姓を持つ氏に限られていたようである。

氏姓制から令制官僚制へ
680年(天武10)飛鳥浄御原令の選定を開始したことに見られるように、また、八色の姓の詔にも見られるように、旧来の氏族制度を改革し、新しい国家体制に即応出来る官僚制創造の政策の一環であった。

奈良時代から平安時代に至って、源・平・藤・橘の四姓が隆盛になると、その末裔の姓はほとんどが朝臣になってしまい、姓そのものの意味がなくなっていった。

2009年01月21日

バーミューダグラス類

日本芝に近い性質を持ち、草丈は20?50cmでランナーで繁殖する。日本芝より休眠期間は短く他の西洋芝より葉は細かく濃緑色で鮮やかである。耐潮性に富み海浜公園などにも適する。日本ではギョウギシバとも呼ぶ。
ティフトン419
米国のティフトン農業試験場において品種改良でつくられた種類であり、改良バミューダの一種である。暑い地方のサッカー場やラグビー場などでよく使われている。

冬型芝
西洋芝(冬型芝)は、生育適温が16℃?24℃で1℃?7℃の低温まで耐えることができる。冷涼な気候を好み、日本での生育適地は北海道である。日本には明治以降に芝生の植栽材料として輸入された。もともとは牧草から転葉したイネ科植物である。繁殖は播種(種まき)により行う。生育は分げつ(株分け)で増殖する。

ベントグラス類
草丈は30?50cm程度である。生育気温は、15℃?25℃と耐寒性が高いために、山間部やゴルフ場に適する。ベントグリーンを使用しているゴルフ場は、…の理由からそこそこ良いゴルフ場といえる。酸性土に弱いので、場所によっては土壌を中和する必要がある。耐暑性が無いために、庭園には適していない。この品種の改良型であるシーサイドベントグラスは、耐潮性があり海岸近くにも植栽することができる。
ライグラス類
生育が速く密度が濃いために、運動場などで利用される。寒さに強いが暑さに弱い。踏圧に弱い。
ブルーグラス類
ベントグラスよりも寒地に適応した品種である。病害には強いが生育が遅い。高温乾燥に弱い。ゴルフ場のフェアウェイや運動場などで利用される。
フェスク類
寒地型と暖地型の両方の性質を持ち、気温に対する適応力に富む品種である。道路工事の際に法面の保護に使われることが多い。最近は運動場などでも利用される。

芝の規格
マット状である切芝の大きさは、生産地で異なる。鳥取県では、37.1cm×30cmの切芝を9枚で1束としている。静岡県では、36cm×28cmの切芝を10枚で1束としている。 また、屋上緑化用に、育成基盤と芝が一体となったターフマットでは、50cm×50cmの切芝を4枚で1束としているものや、50cm×2mの細長い芝を巻き取りロール状としているものもある。

芝の張り方
マット状に裁断された芝には、いくつかの張り方がある。単純に隙間無く詰める張り方は最も一般的であるが日本の伝統的な張り方もある。

べた張り
芝を隙間無く敷き詰める張り方である。施工後すぐに図面通りの姿になることが利点である。単位面積あたりの芝の量が多いために、最も高価な張り方である。敷設面積が広い場合はあまり使われないが、競馬場の芝コースではこの張り方を採用している[要出典]。
目地張り
芝と芝の隙間を数cm程空けレンガのように交互にずらす張り方である。
市松張り
施工面を市松模様にする張り方である。単位面積あたりの芝の量が少ないために、最も安価な張り方である。芝が施工面全体に広がるまでの期間が長いために、裸地に雑草が生えてしまう。

芝生の管理
芝生の管理には、いくつかの作業があるが、いずれも短期・長期にわたって芝生の品質に影響を与える。

刈り込み
刈り込みは、刈り込み頻度および芝刈り機の設定刈高によって芝生の品質に影響を与える。刈高が低く高密度の芝生ほど頻繁な刈り込みが要求される。刈り込み頻度および刈高は、利用目的や草種によって大きく変化するが芝生の生育期においては概ね、以下の通りである。
ゴルフ場グリーン ……………刈高3.5mm?5mm 毎日1回(トーナメント時は1日1?3回)
ゴルフ場ティ …………………刈高6mm?10mm  週2?3回
ゴルフ場フェアウエー ………刈高8mm?12mm  週1?2回
ゴルフ場ラフ …………………刈高30mm?50mm 月1?2回(トーナメント時は刈高50mm?100mm程度)
競技場 …………………………刈高18mm?30mm 週1?3回
学校校庭 ………………………刈高25mm?40mm 年間数回?週1回
散水
施肥
目土
更新作業
薬剤散布

日本の芝産地
茨城県 - つくば市の作付け面積は日本一である。新品種の開発が盛んである。
静岡県 -
鳥取県 -
鹿児島県 -
公園や運動場で、見栄えのために植えたり、運動をしやすくするためのクッションとして植えられることが多い。しかし、芝へ立ち入ると芝が荒れる可能性があるために、立ち入りを禁止するかについて、しばしば議論を呼ぶ[要出典]。

サッカー場への利用法
サッカーのJリーグへ参加するクラブには、常緑の天然芝の競技場を試合会場として用意することを義務づけられており、その為に多くの競技場でウインターオーバーシーディングが盛んに行われている。

1994年に設けられたスポーツターフ研究会は、芝生管理技術の向上に後援したり、財団法人都市緑化技術開発機構主催の「スポーツターフ管理者のための研修会」に後援したり、校庭の芝生化支援に取り組むなど、何かと芝生に対する関わりの深い組織である。
マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ

競馬場への利用法
競馬のコース種別は、ダート(砂地)と芝のコースに分けられる。芝のコースはダートのコースに比べ傷みやすく、馬場の状態は天候に左右されやすい。また、今までは和芝のみで冬は黄色くなってしまうことから近年ではオーバーシードを用いて夏は和芝、冬は洋芝を生やすことによって一年中芝コースは緑色を保つようになった。日本の中央競馬では主にダートのコースより芝のコースの方がよく用いられるが、地方競馬ではダートのコースを多用する。

野球場への利用法
野球場のフィールドには、選手の膝や足にかかる負担を考慮して芝が敷き詰められる。特にメジャーリーグベースボールで使用される球場は、天然芝であることが多い。人工芝の球場は2006年現在で全30本拠地中3球場のみである。一方で日本は、管理にコストがかかることや、球場が屋根付きであるために芝を育てられないことから、プロ野球で使用される球場は、人工芝であることが多い。阪神甲子園球場では、オーバーシードとよばれる芝の二毛作方式を採用している。

ゴルフ場への利用法
ゴルフ場のコースには、グリーンやフェアウェイやティーグラウンドやラフと呼ばれる場所がある。これらには、それぞれ違った種類の芝が植えられる。日本では1980年代後半、芝の維持のために使われる農薬が含まれたゴルフ場排水が社会問題化した。それに伴い、千葉県では、1990年以降建設されるゴルフ場では農薬の散布が禁止[1]され、既存のゴルフ場では農薬散布を少なくするなど指導要項を制定し、国としては環境省が1990年に「ゴルフ場で使用される農薬による水質汚濁の防止に係る暫定指導指針」を定めるなどした。

2009年01月14日

ウィンザートを分析し製作された風の邪動王

ハービザン
ウィンザートを分析し製作された風の邪動王。ナブーが搭乗。フェイスモード及びハーピーに変形する。武器はレイザーシュバルツ。最後は暗黒大邪神にエネルギーを吸収され鉄屑にされてしまう。
邪動力
ストリーム・ブレイカー
ブラックホラー
ライトニングボルト
クレストエッジ
オーロラバンテージ
ヒドラム
アクアビートを分析し製作された水の邪動王。フェイスモード及び海狼形態に変形する。エヌマが搭乗。武器はスピアーシュバルツ。
邪動力
ブラッドシャードリフト
ダークフィールド

闇の9邪動神
サーベイガー
サーベルタイガーの頭を胴体とする「電気」を司る邪動神。9体の中で最も扱いやすい。
1号
シャマンが搭乗。大地が初めて対峙した邪動神。左手の3本の爪が特徴。グランゾートと互角の戦いをするが試作型ゆえに邪動力を使用後、機能障害が起こった為に撤退する。
邪動力
サンダーディストール
2号
ロジンが搭乗。基本的に1号の改良型。三本の爪「ブレイクロー」が高速回転し敵を攻撃。
3号
ノコギランが搭乗。Dr.バイブルが頭部に内蔵したカメラでグランゾートの行動パターンを記録する。足の爪が二本になっており、踵が丸ノコ、左腕がチェンソー。しかし、邪動力は何故か電気ではなく炎を使用。
邪動力
ファイヤーシャーク
4号
コリゴーリが搭乗。全身をフルメタルアーマーで強化されている。
邪動力
リバースモータークロー
メガロックス
ヘラジカの頭を胴体とする「幻」を司る邪動神。
プロトタイプ
ガラパチーノが搭乗。コマの様に回転して攻撃を行う。
1号
カマキッドが搭乗。両腕に鎌を装備。
2号
バットバンが搭乗。
ジャンモス
マンモスの頭を胴体とする「水」を司る邪動神。
1号
スネッケルが搭乗。氷の邪動力で凍結させ、鉄球「アイアンバー」で仕留める攻撃が得意。
2号
タンバロンが搭乗。両足のローラーで高速移動する。
3号
サイドステッパーが搭乗。足がカニの様になっているので横にしか動けない。
4号
オンザロックが搭乗。フルメタルアーマーで強化されている。
プテランダー
プテラノドンの頭を胴体とする「風」を司る邪動神。
1号
ポセ搭乗。風の邪動力で水中活動可能。
2号
マキマッキー搭乗。飛行形態へ変形。
II号
クラーゲル搭乗。順番から言えば3号なのだが、なぜかII号という表記になっている。ワイバースト用になるはずだった試作バイメタル製の手足を装備。
トリプロス
トリケラトプスの頭を胴体とする、「地」を司る邪動神。
1号
ミラーマン搭乗。魔動力を反射する魔動力反射装置を備えている。
2号
サイゾーン搭乗。戦車形態へ変形。1号と同様、魔動力反射装置を装備している。
3号
キャプテン・グッド搭乗。左腕のアンカーが主な武器。
チラノザック
ティラノサウルスの頭を胴体とする「重力」を司る邪動神。
1号
ハリバッカー搭乗。接近戦用。
2号
ナマンズ搭乗。戦車形態へ変形。
ユニカイザー
ユニコーンの頭部型の胴体とする「操」を司る邪動神。
1号
マジックンが搭乗。頑丈な盾を装備。
2号
チューリップ卿が搭乗。フルメタルアーマーの試作機。半人半馬形態から装甲形態へ変形。
ケルベーダ
ケルベロスの頭(但し顔は2つ)を胴体とする「光と闇」を司る邪動神。
1号
ガリーベン搭乗。上空から攻撃。魔動王の攻撃データに対応した戦闘が可能。
2号
ファイヤープリンスが搭乗。三つ首モードへ変形。
ミノダロス
ミノタウロスの頭を胴体とする「炎」を司る最強の邪動神。
1号
デベロマンが搭乗。巨大ローラーを装備。
2号
アイスバーンが搭乗。各種武器を展開した攻撃形態へ変形。

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